制作現場から見える「ノウハウ」の限界
映像制作の現場で長年作品を作り続けてきた経験から、私は「制作ノウハウ」という概念に違和感を覚えています。一つの作品を作り上げる過程で直面する課題や、それを解決するためのアプローチは、その作品ごとに固有のものだからです。同じ「企業PR映像」という枠組みであっても、クライアントの想いや企業文化、伝えたいメッセージ、そして何より「なぜ今この映像を作るのか」という本質的な問いによって、表現方法は無限に分岐しているからです。
企業PR映像の本質
普遍的とも言える映像の価値は「映像によって事実を証明できる」ことです。
例えば、「当社は品質に自信があります」という言葉だけの主張は、どの企業でも言えることです。しかし、その品質の高さを裏付ける具体的な事実 - 独自の検査工程や、特殊な製造技術、あるいは長年蓄積された職人の技 - があってこそ、その主張は説得力を持ちます。
重要なのは企業が持つ事実の中から、他社にない独自の強みとなる「事実」を見出すことです。
それは100年の歴史かもしれませんし、特許技術かもしれません。あるいは、独自の企業文化や、特殊な製造プロセスかもしれません。このような、他を凌駕することを証明できる事実を見つけ出すことが、価値あるPR映像を作る上で最も重要な作業となります。
ここから必然的に導かれる結論があります。
それはPR映像制作に「ノウハウ」や「ハウツー」は存在し得ないという事実です。なぜなら、各企業が持つ「事実」は、それぞれ唯一無二でなければならないからです。ある企業の優れた技術を伝えるために効果的だった表現方法が、別の企業の独自の企業文化を伝えるのに適しているとは限りません。100社あれば、その事実を最も効果的に伝えるための方法も100通り存在するはずなのです。
単なる「成功事例の模倣」や「定石の応用」ではなく、その企業固有の価値をどう映像化するか、その都度新しい表現を模索する営みが企業PR映像制作という仕事なのです。
ノウハウを求める心理の背景
映像制作の経験が浅い人々や、これから映像制作を始めようとする人々は、「成功する動画の作り方」や「効果的な撮影テクニック」といった、一般化された知識を強く求める傾向にあります。これは、未知の分野に飛び込む際の不安を軽減したいという自然な心理かもしれません。ですが、そうした「ノウハウ集」は、映像表現の可能性を狭めてしまいます。既存の「正解」を追い求めることで、クライアント企業独自の表現を見出す機会を失ってしまうからです。
制作現場における創造のプロセス
実際の制作現場では、企画段階での対話、撮影時の偶然の発見、編集における試行錯誤など、その都度生まれる創造的な判断の積み重ねが、唯一無二の作品を形作っていきます。これは単なるノウハウでは説明できない、映像制作の醍醐味であり、同時に本質的な難しさです。
生成AIがもたらす可能性と新たな課題
そして今、この映像制作の領域に生成AIが新たな変数として加わろうとしています。生成AIによる動画制作は、確かにある種の「効率化」や「自動化」をもたらすかもしれません。特に、定型的な映像制作や、大量の類似コンテンツが必要とされる場面では、その威力を発揮する可能性があります。
しかし、ここで重要なのは、AIによる生成もまた、ある種の「一般化されたノウハウ」の産物に過ぎないという点です。AIは学習データから抽出された patterns や傾向に基づいて映像を生成します。つまり、過去の表現の平均値や典型例を再構成することはできても、真に独創的な表現や、クライアントとの深い対話から生まれる唯一無二の表現を生み出すことは困難です。
AIと人間の創造性の境界線
さらに言えば、生成AIの登場は、逆説的に人間による映像制作の本質的な価値を浮き彫りにしているとも言えます。なぜなら、AIが「効率的」に生成できる映像が増えれば増えるほど、そこからはみ出す表現、つまり一般化や効率化を拒む独自の表現の価値が際立つからです。
例えば、一つの企業の歴史や理念を映像化する時、その過程で生まれる様々な対話、迷い、発見、そして決断は、単なる情報の視覚化以上の深い意味を持ちます。クライアントと制作者が共に考え、試行錯誤を重ねる中で、当初は想像もしていなかった表現が生まれることがあります。これは、どんなに高度なAIでも代替することが難しい、人間の創造性の本質と言えるでしょう。
映像表現の本質を見据えて
映像制作における本当の「スキル」とは、マニュアル化された知識やテクニックではありません。それは、クライアントの想いに真摯に向き合い、その都度最適な表現を模索し続ける姿勢そのものです。そして、その過程で直面する様々な課題に対して、経験と創造性を駆使して解決策を見出していく力です。
人間にしかできない創造の価値は、より一層重要になっていくでしょう。私たち映像制作者は変化を恐れることなく、むしろそれを自身の創造性を際立たせるための好機として捉え、より深い表現の可能性を追求していく必要があります。この「非効率」こそが、実は最も本質的な価値を生み出す源泉なのかもしれません。
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