問題の発端
兵庫県知事選で再選された斎藤知事の選挙戦において、地元PR会社社長が「SNS対策の成功」を自社の功績としてネット上でアピールして、公職選挙法違反の疑いを指摘されています。この報道を目にして、PR業に隣接する映像制作業に身を置くものとして、私が想起した関連課題を書き記します。
※兵庫県知事選における公職選挙法違反疑惑に対する賛否や悪善を論じる記事ではありません。
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契約書の存在しない発注の現実
映像制作業において、発注を受ける時点では企画もシナリオも存在していないのが一般的です。これは企画やシナリオを作ることそのものが仕事の一部だからです。しかし、発注を受けなければ企画・シナリオを作ることができないという実態がある一方で、世間では発注時に契約書があるのが当然という認識があります。
外形的仕様による発注の実態
映像制作会社とクライアント企業との取引では、多くの場合、発注時点ではシナリオはもちろん、一般的な意味での「仕様書」は存在しません。代わりに、「撮影1日、完成尺3分、ナレーションあり」という程度の外形的仕様を仮定して見積書を作成します。
外形的仕様の限界
この外形的仕様は、あくまでも金額に最低限の根拠を与えるためのものです。撮影場所や出演者の有無、編集方法、CGアニメの使用など、具体的な制作内容は一切規定されていません。そのため、同じ外形的仕様でも、30万円の見積りも100万円の見積りも可能となります。外形的仕様を定めるのは、あまりに根拠のない金額での契約を避けるための、発注者と受注者双方の最低限の約束事なのです。
仕様書とシナリオの関係
具体的な仕様書はシナリオが完成した時点で作成されます。映像のシナリオには、必要な撮影、作画、音声ソースなどが詳細に指定されています。そこから発生するコスト要素を全て洗い出し、項目ごとの単価と数を仕様として列挙し、それらを合計して最終的な見積額が算出されます。
シナリオ完成までのプロセス
シナリオの完成までには一定のプロセスが必要です。発注者から企画内容の意向を聞き、制作者が調査やロケハンを行い、シナリオの基となる構成案を作成します。この構成案は何度かの修正を経て合意に至り、その後シナリオ作成に移ります。シナリオも初稿から複数回の修正を経て完成します。この時点で初めて、詳細な仕様書が確定し、正確な見積書が作成できるのです。
仕様書なき契約のリスク
仕様書のない段階で契約書だけを交わすことには大きなリスクが伴います。作業内容が具体的に規定されていない中で、外形的な条件だけを約束することは、その他の部分について双方が「治外法権」的な状態に置かれることを意味します。このリスクを考えると、むしろ契約書を交わさず、相互の信頼関係に基づいて進める方が現実的という考え方も理解できます。そのため、実務では外形的な条件をメールでやり取りし、それを記録として残す習慣が定着しています。
業界特有の契約慣習
現実的には、シナリオが決定し制作費が確定していても、撮影や編集の過程で予期せぬ事態や新たな要望が発生することは珍しくありません。真の意味での仕様確定は納品直前となることも多々あります。そのため、この業界では注文書や発注書(契約書)が納品と同時期に発行されることが半ば常識となっているのです。
映像制作における公職選挙法の解釈課題
候補者の指示のもとで行った候補者を支援する選挙支援活動に金銭を支払うことは問題ありませんが、支援者が自身で立案して実施した選挙支援活動に対して候補者が金銭を支払うと、公職選挙法違反となる可能性が高いとしています。今回のSNS関連の選挙対策について言えば、PR会社社長個人が無償で実施したのであれば問題はなく、会社として有償で請け負った場合は公職選挙法違反となる可能性があるそうです。
クリエイティブワークにおける「指示」の曖昧さ
例えば、私や私の会社が候補者から「PRする動画を制作してほしい」と言われて、金銭を受け取って実施した場合、これは明らかに公職選挙法違反になるでしょう。しかし、「これとこれを撮影して編集してほしい」と言われた場合は「候補者の指示のもとで」という解釈が可能かもしれません。さらに「このシナリオで動画を制作してほしい」という場合はどうなのでしょうか。
クリエイティブワークと法解釈のジレンマ
この「指示のもとで行う」という法的要件は、クリエイティブワークにおいては非常に曖昧な規定となっています。どのレベルで指示を受けようとも、クリエイティブワークには本質的に作成者の創意工夫が含まれます。そうなると、日本において映像制作業は公職選挙活動に関われないということになってしまうのでしょうか。
問題提起と今後の課題
「契約書がない」ことが問題視されているのであれば、ここまで述べてきたような映像制作業界の実態を例に想像していただきたいと思います。
さらに重要なのは、クリエイティブワークにおける「指示」の解釈をどのように考えるべきかという問題です。技術の進歩により、選挙活動におけるSNSや動画の重要性は今後ますます高まっていくでしょう。その中で、クリエイティブワークと公職選挙法の関係性について、より明確な指針が必要とされているのではないでしょうか。
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